2012年6月4日月曜日

切り餅事件と請求項の記載について

サトウの切り餅事件を調べる機会がありましたので、ついでに越後製菓の特許権の請求項の記載がどうなっているか調べて見ました。

【請求項1】
焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。

このように一見して理解が難しい非常に長い請求項となっております。単純に 「側面に切り込みが入った餅」では、ダメなのかとも思ってしまいます。

このような複雑な請求項の記載は、読む人間によって解釈が分かれるリスクがあります。実際、地裁では越後製菓が敗訴し、高裁で越後製菓が勝訴したのは、請求項の解釈が地裁と高裁で分かれたためです。

解釈が分かれた部分は「切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」の「なく」の部分です。「なく」の解釈によっては、切り込みは上面、底面には「なく」と解釈されますので、上面に切り込みのあるサトウ食品の餅は越後製菓の特許権を侵害しないことになります。

一般に「ない」という表現は請求の範囲の記載に使用しないことが好ましいとされます。請求の範囲には発明の構成として存在するものを記載してゆきますので、「ない」と書いた場合には、では何があるのか?不明確になるためです。(同様な理由で、数値「0」や「穴」なども使用に注意が必要です。)

訴訟では請求項の語句の解釈が厳密に行われますので、「ない」について地裁と高裁とで分かれた判断となりました。もう少し簡単に請求項を記載すれば解釈が分かれる可能性も低くなり、場合によっては判決によらずとも和解で早期に解決できる可能性もあったかもしれません。

ただし、このように複雑な請求項の記載となるのは特別なことではありません。なぜなら、特許されるためには、審査官に本発明が特許性(進歩性、新規性)を有すると認めてもらわなければならないからです。

日本の審査では進歩性が厳しく見られますので、 「側面に切り込みが入った餅」だけでは、当業者には容易に想到できるとして、確実に拒絶査定となったでしょう。特許性(新規性、進歩性)を満たすためには構成要件を多くし請求項の記載を長くして、先行技術と差別化を図るしか方法がありません。

このあたりが請求項の記載の難しいところであり、苦しいところです。

しかしながら、特許されなければ本訴訟を提起することができなかったことを考えれば、越後製菓にとっては、請求項の記載はともかくとして、特許されたという事実がまず重要であったといえるでしょう。