2014年11月8日土曜日

国語教育について

私は今では文章を書く仕事をしておりますが、子供の頃から国語の成績が悪く、中高では常に留年・退学の危機にあり、大学も国語ができないからという消極的な理由で理系の大学に進みました。

国語の課題で特に辛かったのが、文章作成でして、原稿用紙5枚以上などノルマのある課題が特に苦手でした。

国語教育における文章作成では長い文章を書けることが評価されるようで、他の日本人の多くも、長い文章が優れていると教育(洗脳?)されているのではないかと思います。

確かに、文学の世界ではそうなのかもしれませんが、社会に出て感じるのは、ビジネスの世界では全く逆で、文章は短くしなければならないということです。

長い文章を書くのは時間がかかりますので、時間がかかるということはコストが掛かるということになります。

また、長い文章は読むのも時間がかかりますので、社長さんやお偉いさんに読ませる文章が長い場合には、それだけ会社の貴重な時間を奪うことになります。

また、人間が追いかけられる論理展開はせいぜい3段階位ですので(3段論法というのもありますが・・・)、文章が長いと論理展開が多くなり、最後の方は何を話しているのかわからない意味不明な文章となります。

そう考えますと、例えば、国語の課題では、「2ページ以内で書け」というような上限を設けて、短い文章で意味のある文章を書かせる訓練を行うことの方が有益と思います(作家を目指す人は別です。)

短く書くというのは、特許の世界でも重要でして、特許請求の範囲の記載は無用な修飾を廃し、簡便に書くことが、権利行使のために重要です。

また、外国へ出願する場合には翻訳料を節約する意味でも、明細書本文は短くすることが好ましいです。

さらに、文章が長いと論理が不明確となりやすいので、解釈に疑義が生じないように、明細書や契約書等の法律文章の文言を考える場合には、文章を短くすることが必要です。

こういう実務的な内容を学生時代の国語教育に入れるべきかどうかという話にはなると思いますが、理系の学生には論文作成という大きな壁がありますので、大学1、2年の時期にライティングの訓練を受ける必要があると思います。