2025年4月26日土曜日

巨大な壁に爪楊枝で挑む?マクロ問題とミクロ解決策のズレ

 SNSを眺めていると、時々「ん?」と首をかしげたくなるような意見に出会います。最近見かけたのは、こんな感じのポスト。

「就職氷河期って騒ぐけどさ、結局、英検とか資格とか、ちゃんと努力すれば就職できたんじゃないの?」

…うーん、これはなかなか。案の定、コメント欄は紛糾していましたが、それもそのはず。だって、このロジック、ちょっと無理がありませんか?

「個人の努力」 vs 「時代のうねり」

ここで提示されているのは、「就職氷河期」という、どうしようもなくマクロ(=巨大)な社会問題に対して、「個人の努力」というミクロ(=極小)な解決策です。

例えるなら、巨大なダムの決壊を、指一本で塞ごうとするようなものでしょうか。いや、もっと言えば、押し寄せる津波に対して「気合で乗り切れ!」と叫んでいるようなものかもしれません。

歴史を紐解けば、似たような話はゴロゴロしています。例えば、かの太平洋戦争。アメリカが工業力にモノを言わせて航空機を大量生産してきたのに対し、日本軍の一部は「大和魂」「精神力」といった、いわばパイロット個人のミクロな力で対抗しようとしました。その結果はどうだったか…皆さんご存知の通りです。

マクロな視点とミクロな視点の往復

「就職氷河期」の話に戻れば、社会全体の停滞(マクロ)に対しては、個人の頑張り(ミクロ)を求めるだけでなく、国や社会全体での大規模な雇用創出策、セーフティネットの拡充といったマクロな支援が不可欠だったはずです。

それを「個人の努力不足」にすり替えてしまうのは、問題を矮小化するだけでなく、その時代を生きた人々に対してあまりにも酷ではありませんか? まるで、嵐で家を失った人に「もっと頑丈な家を建てておけばよかったのに」と言うようなものです。

「自己責任論」が残す禍根

さらに言えば、こうした「自己責任論」は、社会に対する不信感や恨みを生み出す原因にもなりかねません。本来であれば社会全体で支えるべき困難を個人の責任とされた人々が、そのシステムに対して不満を抱くのは当然のこと。それは、将来にわたって社会に重い影を落とすことになりかねません。

でも、巨大な社会問題の前では、個人の力だけでは見えない部分が大きい。その現実から目をそらして、「努力が足りない」と個人を責めたりするのは、やはり違うのではないでしょうか。

知財の世界におけるマクロとミクロ

この「マクロな問題にミクロで対応してしまう」という構図は、実は私たち知財の世界における戦略立案や分析においても、陥りやすい罠なのです。それが、特許のマクロ分析ミクロ分析の関係です。

  • マクロ分析(パテントマップ、ランドスケープ分析など): これは、特定の技術分野や競合他社の特許出願動向を俯瞰的に捉える分析です。何千、何万という特許情報を統計的に処理し、「どの技術分野が伸びているか」「競合はどこに注力しているか」「空白の技術領域はどこか」といった**大きな流れ(マクロ)**を読み解きます。経営戦略や研究開発戦略といった、大きな意思決定に役立ちます。

  • ミクロ分析(個別特許の精査): 一方こちらは、個々の特許公報を詳細に読み込み、「この特許は有効か?」「権利範囲はどこまでか?」「自社製品はこの特許を侵害していないか?」といった**具体的な点(ミクロ)**を評価する作業です。無効審判の請求や、ライセンス交渉、設計変更の要否など、個別の具体的なアクションにつながります。

マクロ分析の結果だけでミクロな判断を下そうとしたり、逆にミクロな分析だけでマクロな戦略を語ろうとすることの危うさは、先に述べた通りです。両者は補完関係にあり、どちらか一方だけでは全体像を見誤る可能性があります。

【知財トピック】ポートフォリオ構築の視点:木を見て森も見る

ここで少し視点を変えて、知財戦略、特に特許ポートフォリオの構築について考えてみましょう。これもまた、「マクロ」と「ミクロ」のバランスが問われる領域です。

個々の発明(ミクロ)が素晴らしいものであっても、それだけでは強力なポートフォリオ(マクロ)にはなりません。市場や競合の動向(マクロ分析)を踏まえ、自社の事業戦略に沿って、どの技術分野に、どのような権利範囲の特許を、どれくらいの数、配置していくか、という全体設計(マクロ)が不可欠です。

一方で、いくら立派な全体設計(マクロ)があっても、それを構成する個々の特許(ミクロ)の質が低ければ、いざという時に役に立たない「砂上の楼閣」になりかねません。一つ一つの特許について、権利範囲の広さや有効性、回避設計の困難性などを厳しく評価(ミクロ分析)していく必要があります。

つまり、優れた特許ポートフォリオとは、単なる質の高い特許(ミクロ)の集合体ではなく、事業戦略(マクロ)と連動し、競合の動きを牽制しうる戦略的な配置がなされた『生きた森』なのです。そのためには、マクロとミクロ、両方の視点からの継続的な評価と見直しが欠かせません。単に特許の数を増やす(マクロ的な量)だけでなく、個々の特許の質(ミクロ的な質)を高め、それらを戦略的に組み合わせることが重要になります。

まとめ

社会問題から知財戦略まで、私たちはしばしば「マクロ(全体・構造)」と「ミクロ(個別・個人)」という二つの視点の間で揺れ動きます。大切なのは、どちらか一方に偏るのではなく、両方の視点を理解し、使い分けることです。

巨大な問題に対して個人の努力だけを求めることの危うさ、そして、全体戦略を描く上で個別の要素の質を見極める重要性。どちらの視点も欠かすことなく、バランスの取れた判断を心がけていきたいものですね。

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