最近はqiitaの方へプログラムを投稿しておりますので、こちらのブログは放置気味となっております・・・。
プログラムに関しては、自力で書く能力はありませんので、もっぱらchatgptに頼り切って書いております。
ところで、最近はchatgptでプログラムが書ける!といわれておりますが、この「書ける」という言葉の意味をどうとらえればよいのでしょうか。
確かにchatgptはプログラムを書けますが、結構な確率でエラーとなります。そこで人間が微修正しながら、最終的に動くプログラムを完成させるというイメージとなります。
したがって、表面上はchatgptはプログラムを書けますが、実質的には書けるところまでは、まだ行っていないと個人的には思います。
したがって、この「書ける」という言葉は、状況に応じて解釈が厳しくなったり、緩くなったりすると思います。
たまに、お客さんで、自分で明細書を書いたので出願費用をまけてくれ、という方がいるのですが、結構困ることがあります。
それは、そのままでは記載不備があり私が修正しなければならない場合、出願費用をまけますと、私の工数が出ないことになるからです。
本人は明細書を「書ける」と思っているのかもしれませんが、このまま出願しますと拒絶されますので、実質的には「書けてない」のですが、それを指摘しても、私は時間をかけて書いたんだ!と、理解してもらえないことが多いです。
時間がかかろうが、記載不備があれば、書けてないのと同じことで、価値は0となります。
もちろん緩く考えれば、「書けている」のですが、特許実務という厳しい観点からは、価値0となります。
今後、chatgptに特許明細書を書かせる試みがなされると思いますが、その場合、この「書ける」問題が生じると思います。
chatgptが書いた明細書を出願して拒絶されれば、どんなに長い文章を生成しても「書けない」こととなり、逆に、特許されれば、「書けた」ということになります(すなわち価値がある)。
個人的には、しばらく「書けない」時期が続くものの、将来的には「書ける」ことになるのではないかと思います。その時期はよくわかりません。
とはいえ、chatgptを相棒として利用して私が明細書を書くことになるとは今年中にはなると思います。